繍褓と文様
婚礼用として使用された繍褓の模様には、木、花の模様が一番多く、これに鶴、孔雀などを加えて瑞鳥と蝶、草の虫、各種の鳥が施紋されています。繍褓の模様の中で一番良く使われているのは木で、木は韓国において特別に神聖視された自然物の一つであり、吉事に使われるポジャギに神聖視された木が代表的に刺繍されたのは自然ななりゆきだと言えます。
花は福、実は多産、とくに多くの男の子を産むのを象徴する模様で、全体的に見て繍褓の模様は、福楽祈願の意味を含んでいるのが分かります。他にも「寿」「福」などの文字なども縫い込まれており、ポジャギの中心部やへりに他の模様と合うように施されています。
これまでに発見された古い繍褓の多くは、江陵(カンルン)を中心とした関東地方から出たもので、現在では、この繍褓を関東地方の土着的な自生文化の産物だと見られています。
現存する繍褓で最も古い物は高麗末期に作られたと見られる全州市立博物館所蔵の繍褓。
全州市立博物館
全羅北道 全州市完山区 豊南洞にある市立博物館。1963年地方名士の所蔵品を寄贈・寄託受けて開館
チョガッポについて
そして現在もっともポピュラーで人気があるチョガッポ。
ポジャギ文化がもっとも発展した朝鮮時代。伝統的な儒教社会で男性たちの陰になった女性たちは自分の部屋(閨房:キュバン)で創造的な才能を発揮し、このような美学的感覚が引き立つ文化遺産を作り出しました。その美しさは単なる視覚的なものだけではなく、女性たちの勤倹節約精神にもあります。服を作る時もハギレ一つも捨てないで、つつましく集めておいた布地を一つ一つ繋いで完成させたのが今日のチョガッポの原型になったと言えます。
実用品であったが故に、多くの人の手を経て長い時間をかけてたくさんのチョガッポが作られてきました。
その過程で優れたデザインが生まれ、工夫から新しい技法が生み出されたのは、とても自然なことです。現在では、本来の実用品という用途は失いつつも、より洗練され、鑑賞に堪えうる工芸品として現代に伝えられてきました。
しかし、ポジャギの発展の裏には単なる節約精神だけではなく、一種の祈福信仰的な要因や鑑賞の目的もあったと考えられます。
使用された形跡が無い古いポジャギが多く残されており、 これはポジャギが実用だけで作られたのではないと言う間接的な証明と言えます。
ポジャギはかつて「袱子器」と表記されていた時代がありました。この「袱」と「福」は同じ音であることから、「袱子器」を作ることが福を招くことと考えられました。その後「褓子器」と表記されるようになった後も、心を込めてポジャギを作ることを、一つの誠をささげる行為としてとらえ、心を込めたものは福招きの媒体になると信じる土着信仰が生まれました。つまり「ポジャギの褓という字は福を意味し…」というのはここから語り継がれている物語です。
刺繍を施したり、小布を一つ一つ繋いで付けたりしたことや、ポジャギを心を込めて作るのは、福を祈る気持ちと誠の表現のひとつであったわけです。こうして作ったポジャギに物を包んでおくこともその延長であり、特に各種の結納を包んだ婚礼用などの吉事の時にだけ用いられた繍褓は、このような意味の代表的な例です。 |